太宰治的日记
これは日本の東北地方の某村に開業している一老医師の手記である。 先日、この地方の新聞社の記者だと称する不精鬚ぶしょうひげをはやした顔色のわるい中年の男がやって来て、あなたは今の東北帝大医学部の前身の仙台医専を卒業したお方と聞いているが、それに違いないか、と問う。そのとおりだ、と私は答えた。 「明治......
月 日。 郵便受箱に、生きている蛇(へび)を投げ入れていった人がある。憤怒。日に二十度、わが家の郵便受箱を覗(のぞ)き込む売れない作家を、嘲(あざけ)っている人の為(な)せる仕業にちがいない。気色あしくなり、終日、臥床。 月 日。 苦悩を売物にするな、と知人よりの書簡あり。 月 日。 工合い......
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「ここを過ぎて悲しみの市(まち)。」 友はみな、僕からはなれ、かなしき眼もて僕を眺める。友よ、僕と語れ、僕を笑へ。ああ、友はむなしく顏をそむける。友よ、僕に問へ。僕はなんでも知らせよう。僕はこの手もて、園を水にしづめた。僕は惡魔の傲慢さもて、われよみがへるとも園は死ね、と願つたのだ。もつと言はうか......
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私は、独(ひと)りで、きょうまでたたかって来たつもりですが、何だかどうにも負けそうで、心細くてたまらなくなりました。けれども、まさか、いままで軽蔑(けいべつ)しつづけて来た者たちに、どうか仲間にいれて下さい、私が悪うございました、と今さら頼む事も出来ません。私は、やっぱり独りで、下等な酒など飲みな......
あさ、眼をさますときの気持は、面白い。かくれんぼのとき、押入れの真っ暗い中に、じっと、しゃがんで隠れていて、突然、でこちゃんに、がらっと襖(ふすま)をあけられ、日の光がどっと来て、でこちゃんに、「見つけた!」と大声で言われて、まぶしさ、それから、へんな間の悪さ、それから、胸がどきどきして、着物のま......
メロスは激怒した。必ず、かの邪智暴虐(じゃちぼうぎゃく)の王を除かなければならぬと決意した。メロスには政治がわからぬ。メロスは、村の牧人である。笛を吹き、羊と遊んで暮して来た。けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。きょう未明メロスは村を出発し、野を越え山越え、十里はなれた此(こ)のシラクスの......
私は、その男の写真を三葉、見たことがある。 一葉は、その男の、幼年時代、とでも言うべきであろうか、十歳前後かと推定される頃の写真であって、その子供が大勢の女のひとに取りかこまれ、(それは、その子供の姉たち、妹たち、それから、従姉妹《いとこ》たちかと想像される)庭園の池のほとりに、荒い縞の袴《はか......